私 の 実 生 法                                

                                        山原 茂

桜草の現存の品種は数百はあるでしょうか。我々の諸先輩が長年かけて産み出してきたものです。古いものでは、江戸の中期にさかのぼります。よくぞ今まで受け継がれてきました。
それらの品種は、日本独特の美意識が反映されてきたといえます。つまりそれは日本文化の結晶の一つといってもいいでしょう。我々がそれらを栽培するというのは、物としての文化遺産を守るということのみならず、その美への感受性をも引き継ぐこと意味しています。そして栽培を通して、その品種の持てる能力を最高度に発揮させるのが栽培家の務めでしょう。
                      実 生 の 仕 組 み

しかし世の中に完全と言うものはありません。我々は桜草の美しさをさらに広く極めずには置きません。既存の品種を超えて、新たな美への挑戦が始まります。そこで実生を行うことになります。新しいものを産み出す創造の仕事が始まります。今までにないものをこの世に送りだすのです、しかも自分の手で。これこそ花作りの醍醐味と言えるでしょう。

それでは実生の意味を確認しておきましょう。実生は自然の営みそのものです。生物進化のなかで雌雄性が生まれ、それが受精して種子となり新しい命が生まれます(有性生殖)。これは、変化する世界・環境のなかで生物もその一員として変化するしくみを産み出してきたのです。生物自身も多様性を発現する力を具えているのです。なかでも日本桜草はもとから変異の大きい種としてしられていました。色の濃淡、桜弁から切り弁と変わり花が取り上げられ、人為的環境のものに置かれて遺伝子変化に拍車がかかります。野生とは見まごう園芸品種が生まれてきました。
この種子繁殖の流れのなかに我々も思いを託すことになります。ただ、生物の変化を産み出す進化の働きは無目的で多方向です。我々がよいと思う姿・形として答えてくれるのは、ほんのわずかな部分でしかありません。大部分は無駄に終わります。実生はいかに捨てるかと言われる所以です。たくさん蒔くけばそれだけ良いものが出てくるはずです。しかし時間と労力は限られています。いかに効率よく良いものを産み出せるかなのです。では実生の実際について考えていきましょう。
                       親 の 選 択

先ず目標を立てることが大事です。どんな色・形を目指すのか、おおよその姿を想像します。そしてその可能性のありそうな親を選びます。このとき交配をするかしないかです。中村長治郎氏が言われるには、母親さえ優秀花を選べば、その自然結実したものでよいと、というのも、今までの品種が已に種々交雑したものであり、意図的に交配したとしても、どんなものが出現するかわからないからです。とりあえず、自分の好きな品種を取り上げ、それらがさらにこうあってほしいと想像します。ただ偶然と確率の世界ですので、当たり外れがあります。「唐縮緬」という美しい品種があります。これがもう少し変化すれば面白いと思うのですが、これから銘花が生まれたことを聞きません。あまり完成されている花からは良いものがでないのかもしれません。ここはもう自身の感性を信ずる他ありません。
                        系  統  図
今日までの銘品については、その親が知られることはほとんどありませんでした。それを公表する機会もなかったのかもしれません。唯一 中村長治郎氏がガーデンライフ誌で、自作品の解説とともに系統図を記されています。これも参考までに転載しておきます。
                        
中村長治郎作出花

三保の古事  ……  天女 ……   十曜星
         ……  源平の誉

紫 光 梅   ……  鶯宿梅
         ……  墨染源氏
         ……  無弁花
         ……  姫桜   ……  無弁花    

十州の空   ……  新十州 ……  桃源郷
                    ……  八重一重

         ……  四海波 ……  大風鈴
                    ……  白鷺城
                    ……  新四海
紫  鑼    ……  青鑼
         ……  桃鑼
         ……  反鑼

山原作出花

鹿  島    ……  桃園蜃気楼
         ……  流れ星  ……  空穂猿
                    ……  群千鳥
                   
         ……  金田の夕
         ……  手牡丹
         ……  白鈴
         ……  竜晴

薫 る 雪   ……  光る雪  ……  雪野山
                    ……  名残雪
         ……  白手毬

紫  鑼    ……  紫 狩

折 紙 付   ……   雅
                      花の司     標野行
それでは、私自身の実生を例にとって話を進めましょう。私が一番最初に選んだ実生親は「鹿島」です。中型の花ですが、さっぱりとして小粋な雰囲気を持った明治時代の作です。この花の弁先が房のようになればいいなと思ったことでした。それが、二・三百本もできた苗の内、ただ1本に房が出現しました。これが「桃園蜃気楼」なのです。親と良く似たものが多いなかに、これが一番目立っていました。この姉妹に「流れ星」「金田の夕」が生まれています。このほかに「白鈴」「竜晴」といった桜弁に先祖返りしたものも出ました。
この「流れ星」にまた房が出ればと思ったところ、うまい具合に「空穂猿」が生まれました。ただこの花は、花形は面白いのですが、花数の少ないのが難です。「群千鳥」は逆に花数が多く賑やかなので、さらにもう一段多花になればと思っているのですが、今の所は成功していません。
「鹿島」と同じ時に「薫る雪」(白蝶の契)も取り上げました。この花はごく平凡なものなのですが、少し透きとおり加減の花弁が面白く、もう少し輪形が大きくなればと考えました。その結果、全体がより大きい「光る雪」が生まれました。これをもう一段豊かなものにと思い、これを親にしたところ、丈夫ではなやかな「雪野山」「名残雪」が生まれました。これ以外に、白花の切弁も出ているのですが、これを親に大切弁をねらっているのですが。
このように一代目だけではなく、二代目、三代目と続けるのがよいようです。さきに「唐縮緬」に良いものが出ないと言いましたが、これも一代目の凡花をさらに親にしてみれば、変わった結果が出るかもしれません。
ただ近年、種子の実りが思わしくありません。「桃園蜃気楼」「雪野山」の次の世代をと考えているのですが、うまく実ってくれません。
                         種  蒔  き
種子は六月中旬頃成熟します。子房が色付けば、早い目に花茎ごと切取って封筒にでも入れて保存しておきます。時期を逃すと、子房の腹が裂けて種子がこぼれ落ちてしまいます。
おおよそ取り終えたところで、種蒔きです。桜草の種子は寒さに会わさないと発芽しません。ここはやはり休眠を破るホルモン剤ジベレリンを用いた取り蒔き法がいいと思います。300ppmぐらいの溶液に一昼夜浸漬して後、蒔きます。蒔床には清潔な用土を用意します。ピートバンを使うか、ピートモスにバーキュライトを混ぜて調整するか、それとも市販の種蒔き土を利用します。用土に十分水を含ませて後、種子は水気を取って紙の上にのせ、薄く重ならないように指で弾きながら落としていきます。覆土はしませんので、乾燥しないように管理します。一週間ぐらいで一斉に芽生えてきます。明るい日陰のもとで、できるだけ涼しく、水切れしないように注意します。
                          植  替
四十日ほど経った八月中旬頃、本葉二〜三枚になったところで、ビニールポット(6か7p)に一本づつ植替えます。苗床の土をほぐし、根を切らないように慎重に作業します。根を切ると成長が遅れてしまいます。また苗に大小が出来ていますが、小さい苗が大きく育つということはまずありません。育てられる苗の数を考えて、元気で大きな苗だけを選ぶのが得策です。かっては、元気な苗には見るべき花はつかず、、弱々しい苗にこそ優秀花が生まれると言われていました。これにも一理はあります。自然状態のなかでは弱い個体は淘汰され、異変の残る機会が少なくなると考えられたからです。しかし強い弱いと花の美しさとは別の事柄です。ですから中村長治郎氏は強い弱いに関係なく取り上げるとよいと言われました。私の場合、次年度花が咲かず、もう一年持越すのは大変なので、一年で結果を出してしまいます。小さい弱々しい苗でも大事に育てれば花を見ることはできるでしょうが、またそれがどれほど良い花をつけたにしても、育てにくいものでは、作っていてもおもしろくありません。大和神風という四倍体の銘花があります。私も二十年近く作っていますが、うまく四本立で咲いたのは二・三回に過ぎません。挑戦のしがいはあるとはいえ、これでは作っていても甲斐がありません。丈夫に育ち、かつ美しい個体を選ぶにしくはありません。
植替えてからも、日陰で水切れしないように注意深く管理します。順調に育つと、次々と大きな葉を繰り出してきます。5枚目あたりで、5pほどの径になれば、好い育ち具合です。肥料もしっかり与えます。苗の数が多い場合、水肥が便利でしょう。
このまま九月十月と成長し、十一月に入ると休眠に入ります。実生苗特有の擬宝珠ができています。土から飛び出している場合、増し土で覆ってやります。さあ後は花の咲くのを待つばかりです。
                        初花 と 選択
四月に入ると、この世で初めての花が咲き始めます。親によく似たもの、似て非なるもの、似ても似つかぬ鬼っ子など千差万別です。植物は自らの生き残りをかけて、多様な変異を発現させてきます。我々の期待に合わせて生まれてくるわけではありません。
そこでこの中からこちらの思いに叶うものを探しだすのです。まず、希なことですが、最初から光るものを持って生まれてくるものがあります。中村長治郎氏の「天女」は、苗のうちから他と違う雰囲気を持っていたと言われています。それが咲いてみれば、現代的で華やかな銘花だったのです。私の「桃園蜃気楼」も蕾が上がってきたとき、すでに弁先が切れていながら丸くふっくらとした形で、期待どうりの咲きぶりでした。「空穂猿」も咲いた時からその特異な花形が目につきました。
次に取り上げるのは、色・形・咲き方に少しでも何か特徴のあるものです。例えば「流れ星」のさわやかな切弁、「金田の夕」の淡い紫青、「群千鳥」の多花性などです。
そこで良いと思った新花は何年か試作して、その良さを見極めます。そこで迷ったものは外に出すのを見合わせたいものです。私の所でも、未練たらしく捨てるに捨てられず、十数年も残してあるものがあります。
                        類  型  花
ここで大事なことは、類花があるかどうかです。実生は各人がそれぞれの思いを実現するためのものです。花への強い思いこみがなければなりません。しかしその一方で、‘わが子可愛さ’ 自分の手塩にかけたものは、良く見えてしまいます。
また多くの人が実生に取り組めば、それだけよく似た品種が増えるのはやむを得ないことかもしれません。
しかしできる限り類花による混乱は避けたいものです。花はその品種としての個性が際立ってこそ、その美しさが増すのです。多様な変異がそれを支えます。
今日、名札がなくても花だけでそれとわかる品種はどれくらいあるでしょうか。二百もいかないと思います。「南京小桜」「赤とんぼ」「緋の袴」「神代冠」「目白台」「三保の古事」「唐縮緬」「天女」「桃源境」…

試作にはこんなこともありました。「豊旗雲」は、種子が庭にこぼれて自然に生えてきたものです。このようなものは概して、強健だが見栄えのしないものが多い中、この花の場合、裂片が少しふくよかだったことから、処分はいつでもできる、取りあえず咲いているのを鉢上げして、一作して様子を見ました。次年度、こちらの手を経て咲いたものは、さらに豊かな花容をみせてくれたのです。これはほんとうに掘り出し物でした。
ところで難物なのが桜弁の白色花です。色の違いはありませんから、微妙な差違を探ります。「雪の山」「名残雪」の場合、同じような姉妹花が多く出ましたが、そこから、花の大きさ、弁の質感、花の多さ、花茎の高さ、全体の雰囲気などを考慮して選びました。それ以外は全て処分です。
以上の選抜の基準をまとめておきます。一見して圧倒的な新鮮なものを別にして、
・色合いや花形の特異性
・花弁の質や花数
・花茎と葉の調和
・これらを組み合わせた花容
花の大きさは一般的に花数と反比例します。大きい花がゆったり咲くのもいいものです。
このようにこちらから意図的に選ぶのが普通ですが、花がその良さを私達にわからせてくれる場合もあります。「桃園蜃気楼」の姉妹花に「白鈴」があります。「鹿島」が先祖返りした桜弁で、わずに色ののる白花です。一見まことに並の花に見えます。ところがこの花が良く出来たとき、それが平凡で特異なところがないだけに見飽きることがありません。試作を重ねることによって良さが見えてくる場合もあるのです。
                          倍  数  体
一般に通常の植物では、その細胞の核にある染色体は2n(n個の染色体が一対ある)を数えます。子房の胚(n個)と花粉の核(n個)が受粉結合して2nとなります。ところが、桜草で各品種の染色体が調べられたところ、3倍体、4倍体のあることがわかりました。
4倍体………大和神風、緋の重、テトラ
3倍体………白鷺、駅道の鈴、目白台、隠れ簑、笹の波、獅子頭等
この4倍体については、「緋の袴(4n)」が生じたことから、突然変異による芽替わりであることがわかってきました。「大和神風」も「西王母」の変化したものではないかと言われています。ただ「テトラ」だけは、平尾秀一氏が実生幼苗にコルヒチンを作用させて人工的に作り出したものです。
2→4→8、3→6といった倍数体を作りだすのもおもしろいかもしれません。
一方3倍数体は奇数ですから、n+2nの組合わせで、芽変わりは生まれません。花粉のなかに時々形の大きなものがあり、これが減数分裂せずに2nのまま花粉となったものといわれ、これが受精して3nの種子が生まれます。つまり3倍体は実生からできるのです。それが最初に実証されたのが、中村長治郎氏の「天女」です。この3倍数は強健なものが多く、大事な品種群を構成しています。
3倍数体、4倍数体とともに大変出現頻度の低いものでしたが、近年栽培者の広がりと実生家の増加でその機会は増えていると思われます。気長に注意深く挑戦し続けると、ひょとしてあなたの庭にでてくるかもしれません。
                          命  名
最後に、選抜に残ったものに名を付けて世に出すことになります。その花にふさわしい名前を考えるのもまた楽しいものです。
しかし人は同じ文化の中に暮らしていれば同じような発想をするもので、同じ名前をつけがちです。既に使われたものは避けなければなりません。
現在桜草で現存するか否かを問わずに品種数を数えてみると、約二千弱にのぼります。そこで浪華さくらそう会では、品種総銘鑑を発行しました。これを見れば一目瞭然、同名異品を生むことはないはずです。加茂花菖蒲園での八重系新花の命名に際しても参考にしていただきました。この銘鑑は発行してから既に数年がたちますので、近く改定新版を出そうと予定しています。
私の命名で最も気に入っているのが、「豊旗雲」「標野行」です。ともに万葉集から採りました。一方先輩に依頼した場合もあります。「桃園蜃気楼」「流れ星」は桃林堂の板倉三郎氏に、「雅」は田中成雄氏の命名です。

一度世に出た品種は、人々に受け入れられれば、長い命をもつことになり、作者冥利に尽きるというものです。しかし自分の実生可愛さ、十分吟味しないまま若気の至りで外に出したものがあります。たいしたものでなければ見向きもされなくなるしは思うものの、他家の鉢にそれを見出したとき、冷や汗が出てきます。

以上、私が今まで行ってきた実生の集大成としてまとめてみました。この会誌にも何人ものひとの実生報告が載りましたが、それにいくばくか加えることが出来ているなら幸いです。